「自己」という殻

本居の虚無がまさに「空気」となりつつあったとき、その固定された枠組みの中で文字どおり分離を図ったのが、いわゆる分離派*1である。
分離の過程とは、つまり体制のナショナリズムとおのれとのズレを、なにはともあれまず観念として、次に創作として表出した行為であり、その行為は以上の状況に対し対置的に振るまう。つまりそれは別に仮想された「内部」' である。「自己」、「創造」といった言葉はそのような文脈ではかられるべきものなのだ。

*1:日本の近代建築運動の先駆をなすグループ。1920年東京帝国大学建築学科の石本喜久治、滝沢真弓、堀口捨己、森田慶一、矢田茂、山田守の6人の学生が、卒業直前の2月大学構内で同人習作展を開いたのに始まる。(建築大辞典第2版、彰国社、1993年より)